和子と別れる時がきた。五年間続いた同じ職場の和子との間柄が人に噂されるようになって、それは当然、和子の主人にも知れる危険性を帯びてきていた。もう時間の問題だった。そのため、そんな関係に白黒つける決断に迫られていた。そんなことを心に秘めて和子と最後の一夜を共に過ごそうと、梅雨に入った土曜日の午後、私は和子と山間の静かな温泉を訪れることにした。彼女も、以心伝心、心にそう決めているようだった。その日、仕事の処理が手間取り、待ち合わせ時間に1時間も遅れた。和子は機嫌をそこねていたが、なだめ慫慂して気分をなおさせ、有福温泉に向かって車を走らせた。有福温泉は日本海の漁港街から約十キロ入った奥深い山間に湯煙がたなびく静かな温泉街だった。温泉街の入り口で和子の姿をカメラに納めた。これが最後の写真になるのかと思うと侘びしさが胸に込み上げてきた。口には出さなかったが彼女も思いは同じだったと思う。旅館は通りから一つ奥まった所にあって、木造のかなり年数の経った和風旅館で、部屋も古風だった。ただ、窓から眺める静かな山間の景色は、何となく心を落ち着かせ慰めてくれているようだったし、二人が一夜を過ごすには静かな落ち着きのある部屋だった。 |